ビールの友012
ディープでパープルな夢
1996.09.24
連休が終わった。寝る前にまた王様のCDを買い忘れていたことに気がついた。ほしいほしいと思いながら、いつも買い忘れてしまう。
ディープパープルの歌詞がすんごい間抜けなものだったことは王様が暴露して有名になったところであります。音楽自体はあれだけかっこいいのに、歌詞はほとんど日記と変わらない。傑作の一つとされ、いまだに支持を受けているsmoke on the waterでさえ、歌詞の内容は惨憺たる幼稚さなのであります。
どこそこへコンサートに行ったのさ、そしたら会場でどっかのバカが発砲騒ぎ、火事までおきて会場はそりゃもう大騒ぎさ。smoke on the water、火の粉がパチパチ。
それにしても不思議なのが、日本ならともかく、よくアメリカでこんな歌詞の歌が支持されたもんだなぁということである。どんなにかっこよくても歌詞がこれじゃあという気がする。音楽性のスゴさが引っ張ったとしか思えない。
ディープパープルの、まさにこのアンバランスさが、ロックの限界と可能性を物語っていたのではなかろーか。
もともとロックのメッセージとは「俺らにも歌は歌えるんだぜベイベー、聞いてくれよ俺らの歌をイエイ」であった。ここにはサイノーなんかカンケーねーぜ、ロックは生き様だピースというようなものがあったのであった。
その後、ロックの大きな転機はグラムロックという形で表れた。グラムロックは「ロックって、やっぱりサイノーなのよねーホモホモ」ということを大々的にいっちゃったのでありました。メッセージはもっと観念的なものに昇華され、ロックが芸術になっちゃって、大衆の手から取り上げられてしまった。芸術といえば金だ。ロックがみんなのものから金を得る手段に変化する、ここがターニングポイントだったように思う。
パンクロックはグラムロックの亜流のようないわれ方をしていたが、実はグラムロックで取り上げられてしまったロックをもう一度大衆の手に戻してあげましょうというものだったのでした。グラムロックの派手な部分、奇矯な部分を取り出して見せてくれたのがパンクロックなのでした。「戻してあげましょう」「見せてくれた」という点に注意してほしい。ここまでくるとすでにメッセージはなくなっていた。ロックは完全に企業の手に握られてしまった。金を得る手段でしかない。
初期のロックは生き様だったのでちまたにロッカーがあふれた。ロックはみんなのものさファックユー(-"-)凸というわけだ。グラムになるとちまたにグラムはあふれなかった。俺らのものではなかったから。パンクはパンクキッズが闊歩したが、それはファッションでしかない。スマップが町中にはびこるのと変わりがない。金を出してロックを着るのである。
なんて風に考えてくると、ディープパープルの間抜けな歌詞はロックの王道を行っていたことになるし、その音楽性はサイノーのたまものであったわけで、その意味でも実に矛盾した存在だったのであったのでした。
突然こんな小難しい夢を見てしまった私は、デビットボウイのファンである。