「正義が行われた」
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それは私が、山の手線に乗っている時のことでした。
ゴールデンウィークが始まったばかりの土曜日の朝。午前5時。恵比寿駅にて。
私は最後尾の車輌で座っていました。
すると30代前後の、いかにもチャラそうなスーツを着た男性が乗ってきました。
彼はドアのそばにもたれるや否や、さっそくあの悪魔の機械をとりだし、会話を始めました。
彼のすぐ背中には、車掌室があります。
歳の頃は40前後、スキンヘッドの車掌は彼をじっと見ていました。
車掌はドアを閉める前に、一旦外へ出て、客室内の彼の肩を叩きました。
その悪魔の機械を止めるようにと言っているようでした。
男はそれを無視し、なにやら会話を続けています。
車掌はドアを閉め、電車は動きました。その時です。
ドン!
電話男の背中で大きな音がしました。壁越しに車掌が拳を叩き付けたのです。
ドン! ドンドン!
なおも続きます。電話男はすっかりうろたえてしまい、
そそくさと悪魔の機械を内ポケットにしまいました。
電車は目黒につきました。私は注目していました。
車掌はいったんホームに出、ふっと空を見上げて深呼吸をしていました。
そして何事もなかったように電車は走り続けました。私は五反田で降りました。
車掌がしたことは、暴力的な威嚇であったかもしれません。
しかし電話男は既に、携帯電話という「暴力」を行使しているのです。
その暴力に対し、車掌も一度は言葉による注意をうながしたのです。
彼は市井の一市民などという隠れみのもなく、JR東日本の職員としてこれを行ったのです。
「そこでは正義が行われた」。私はそう確信します。祈りましょう。
「実行されない正論より行われた正義を。為されない意志より成された勇気を。
それにしてもあの車掌、なんで眉まで剃ってたんだろう。エィメン」
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