ビールの友003
だだちゃと天狗
1996.08.27
だだちゃと天狗と聞いてなんのことかわかった人は通である。これは枝豆の名前である。
今日(1996.08.26)は仕事仲間、自称「枝豆マニア」からこの二つをもらってしまった。強引に取ってきたともいう。何はともあれ、手元にある。

向かって左が天狗、右がだだちゃ。
天狗は身がしまっていて、いかにも「豆」という感じの味がする。実にしっかりとした豆の味で、なかなかよろしい。
だだちゃは天狗よりも身が小さく、天狗よりかなり味が濃い。甘くて癖も強く、僕の好みはこっちだ。実においしい。
新潟に赤茶色をした枝豆があって、これはめったに地元を出ない。何度か食べたことがあるが、名前を忘れた。この味がだだちゃの味と似ている。新潟産の方がだだちゃよりもさらに身が小さく、さらに味が濃い。これは本当に癖になる。あまり豆という感覚もない。変な食べ物である。
ただちゃの方は各農家ごとに味が違うそうで、「家内制工業」的な色合いが強いそうだ。「だだちゃ」というのは「おとうちゃん」の方言で、「この豆はどこのだだちゃ(おとうちゃん)が作ったんかいのぅ」なんつーやりとりがあったことからきているとか。名前からして家内制工業を象徴しているわけですね。でも、実際に作っているのはおかあちゃんの方だそうです。
対する天狗には、大量に同じ品質のものを作るというコンセプトで、栽培方法、手入れのやり方、出荷方法と時期など、非常に厳格に決められている。「憲法」だそうで、ちゃんとチェックも入る。チェックでこの作り方に違反したことがわかった農家には、即座に警告書が送りつけられるという。ものすごいきびしさなのであった。これくらい厳しくしないと品質を保てないとか。
夏、縁側で食べるものといえば、枝豆とスイカだった。スイカの方は食べながら種を庭に向かって「ぷっ」とやる。何かの拍子に芽を出す種もあったりする。なんか芽が出てるなーと思ってみると、スイカだと親が教えてくれた。ま、そういうスイカは時期はずれに芽を出したスイカなので長生きできない。すぐに枯れるのがオチである。枯れるために生まれてくるようなもので、ちょっと悲しい。
中学の頃だったと思うが、枝豆の芽を出そうとした奴がいる。庭に種をまいておけばなんでも芽が出るもんだと思っている奴だった。彼には「俺はビワの種を庭に埋めて芽を出させた!」という絶大な自信があったから始末が悪い。
こちらも調子者になって感心しまくってあげた。
「へぇ〜、びわかぁ! すげーなぁ。サイノーあんじゃないの? あれ、なかなか育てらんないよ」これは事実である。ただし、びわは、芽が出てもその後の手入れがすんごく大変なのだ。たいてい虫に喰われるかカラスにやられて一巻の終わりだ。彼は芽を出しただけで育てたわけではない。
「んむふふふふ」と嬉しそうにニヤつくところへ、さらに油を足してやる。
「俺なんかスイカの芽ぇ出すくらいが関の山だもん。それだってすぐに枯れちゃうしさぁ。びわはすごいよォ。サイノーあるよォ」どういう才能なのかよくわからないが、ともかく相手は嬉しがっている。
「いやー、それでさぁ、今度は枝豆やろうと思って。あれ、好きなんだよなー、おれ。もう蒔いたんだけどさ、あそこのすみに」と、庭の一角を指さす。実に嬉しそうである。もう完全にその気になっている。
僕は「できたら俺にも食べさせてくれよな! きっとうまいだろーなー」などとテキトーなことをいって帰ってきた。
残念なことに、この後の展開を覚えていない。
彼は一体いつ「ゆでた豆を埋めても芽は出ない」ことに気がついただろう?
興味津々である。