ビールの友018
ブランドな奴等
1997.01.25
昨年暮れ、知り合いのM子がその友人C子と香港に行ってきた。
おちゃらけ二人組を案内してくれたのは、友人のだんなの知り合いで、香港在住のS氏である。商社マンの彼は仕事で赴任しているのだが、知り合いが香港に来るたびに呼び出されるのである。
香港にやってくる連中の目当ては、いわずとしれたブランド物あさりである。仕事で忙しいというのに、即席の案内人に仕立て上げられてしまう彼は、ブランド志向の方々に対して厳しい意見の持ち主になってしまった。
シャネラーは中でも最低だそうである。
「連中、本気でブランドにこだわるんだよね。だからうっかり偽物売ってるところなんかに案内しようもんなら、日本に戻ってから大変なんだ。帰ってから見せびらかしているうちに偽物だってわかったりとかしてさ。文句の電話が来るくらいならまだしも、オレに買い取るか本物のシャネルと取り替えろっていうんだよね。冗談じゃないよ、まったく。自分じゃ本物かどうか見分けることさえできねークセにさ。」
ナマのままではここではご紹介できないような言葉ではあったのだが、彼の意見をまとめるとおおむねこういった論旨になる。
その彼を今回引っぱり出した二人組もただ者ではない。一人は本物ではなく偽ブランド物のコレクター、もう一人の目当ては著作権無視のあやしげなソフトを買いあさるという変わった目的を持っていた。偽ブランドコレクターにはS氏もちょっとめんくらったらしい。どこに連れていけばいいのかわからなかったのである。しかし、この問題はC子自身が解決した。そこらのあやしげな露店に行けばザクザク売っているのであった。
初日の偽ブランドあさりの次はM子の違法コピー商品あさりである。こちらは香港の秋葉と呼ばれる電気街に連れて行かれた。ここは非常に狭い範囲に小型の店舗が密集して集まっており、まるで昔のアメ横のような様相を呈している。それに輪をかけているのが入り組んだ小路で、二人は事前にS氏から注意を受けていた。
「しっかり僕のそばについていて離れないように。僕でさえ自分のいるところがわからなくなることがあるから、馴れない君たちが迷ったら大変だからね。」
しかし、世の東西を問わず、なるもんはなっちゃうんですね。「ひゃーひゃー! なにコレ! ドラゴンファイターってなによー! ドラクエにクリソツ!」なんていってるあいだに見事にS氏とはぐれてしまった。「怪物に囲まれたレベルの低いドラクエの主人公のような心持ちだった」とM子は述懐するが、よくわからない表現である。ともかく心細かったようだ。二人のまわりにいるのは知らない言葉を話す知らない顔の知らない体臭のする知らない人たちばかりである。
いよいよ香港に売られるのか(?)と覚悟したとき、C子の鼻はなつかしい臭いをキャッチした。彼女がかいだのは、タイガーバームのかすかな香りであった。
ブランド嫌いのS氏にも大好きな物がある。それはタイガーバームだ。彼は受験勉強の目覚ましとして中学のころからタイガーバームを常用し、以来すっかり癖になってしまった。近寄っただけで全身からタイガーバーム臭がかげろうのように立ち上る彼は、何度女の子にさよならを言われたことだろう。それでもタイガーバームと決別しなかった猛者なのであった。
二人はタイガーバームの臭いをたどることで、彼女たちを捜していたS氏と無事に再会することができたのである。
日本に帰ってきた二人がS氏につけたあだ名は「タイガーバーマー」である。
なんと言っても実話だというところが恐ろしい。