No.11
日時不明

一件被害が見受けられないように見えるが、左奥の「明治生命」のビルが傾いているのが分かる。
No.12
日時不明

茶色のビルの1階が無惨に潰れている。もし、震災発生時が就業時間であったなら、多くの人々が圧死した事は間違いない。
No.13
日時不明

これも他のサイトでも撮影されていた、三井信託銀行のビル。3階が無惨に押しつぶされている。
No.14
日時不明

大通りの向かい側の鉄筋住宅の1階が潰れているように見えるが、バイクでの通過間際に撮影した為に確認は出来なかった。
交通の渋滞ぶりは、交通指示の警察官がいる事等から、この写真からいくらかでも伺う事が出来る。
No.15
日時不明

長田区と思われる。
大通りを離れると、類似の光景が頻繁に目に飛び込んでくる。それだけでも、当時の神戸市は見慣れた日本の風景とは違った異国と実感するのに十分であった
No.16
1月22〜24日の間

長田区東南部。この様な光景も頻繁に見られた。既に絶句を通り越えて、事の重大さを感じるのみである。
No.17
1月23日

長田区東南部。この辺りの被害はトータルで見ても甚大であった。木造建築の多くも全壊か倒壊している物が多い。
No.18
1月22日

長田区東南部。先の場所とは少し離れているが、状況は同じである。震災による地面の裂け目が、アスファルトで応急補修されているのが確認できる。
No.19
1月22日

長田区東南部。No.18と同じ場所である。不謹慎ながら、左側の「巨人ビル」の1階が潰れているのでアンチ巨人の心理で撮影したのであるが、通過しているスクーターが、既に被災地での足として使われている事を暗示している。
No.20
1月23日

長田区東南部。No.17の倒壊家屋である。どうやら牛乳屋さんであった様だが、この家の方々の事を考えると、何とも言い表せない気分になった。

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