No.41
1月23〜24日

長田区の高速道路の下。支柱の多くの中央に、鉄骨が剥き出しになっているのが確認できる。後に、数日の内に補修の為の鉄骨がこういう所の至る所に組まれる事になる。
後の首都高速道路の支柱に金属版が巻かれた大工事は、これを教訓としていると思われる。
No.42
1月23日

長田区の新長田駅南側である。火災が発生した場所だと分かるが、その規模の大きさと酷さが伺われる。
No.43
1月23日

長田区の同じく新長田駅南側である。カフェテリアにはきっと、震災直前の日まで多くの人々が訪れていたのではないだろうか・・・そう想うと、重い気分になる。
No.44
日時不明

1階が完全に潰れた家屋。
No.45
日時不明

アパートと思われる建物が1階を潰して倒壊している。
No.46
日時不明

そのアパートの上を自衛隊機が飛び回る。空ではこの様に航空自衛隊のヘリの多くが毎日ひっきりなしに飛び回り、その音が常に地上に響いていた。
地上では、救急車のサイレンがひっきりなしに鳴り響き、救助活動の活発さとそれが醸し出す「有事の状況」が神戸を包み込んでいた。
No.47
日時不明

幹線道路に積まれたゴミの山。
No.48
日時不明

バイク店に到着した新品のスクーター。
No.49
日時不明

ここでも、奥の家屋の倒壊の瓦礫が見られる。
No.50
日時不明

東灘区と思われる。
青のビニールシートは当時の神戸市の日常風景になっていた。

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