第4章 心の発達の仕方 〜精神分析学からの知見〜



 ここでは、精神分析学が代表するE・エリクソンのライフサイクル論と、M・マーラーの乳幼児の発達の理論を簡単に紹介する事で、乳幼児期の心の発達が、後の心の成長に及ぼす影響を話したいと思います。



 E・エリクソンのライフサイクル論(生活周期)

 エリクソンは、人生の段階を8つに分け、それぞれに取り組む課題と、獲得する事柄を提示しました。




 引用文献:『エリクソンは語る-アイデンティティの心理学-』
               R・I・エヴァンズ/著 新曜社


 ピラミッドのようなイメージとしてこの表を見て下さい。初めの課題の獲得に成功しないと、次の段階の課題に上手く取り組む事ができないとされています。

 初めの「信頼  不信 / 希望」は、「信頼」が「不信」を上回って「希望」を獲得してはじめて、次の段階に上手く取り組む事が出来るという事になります。
 そして、その「希望」はそれからの人生の営みの中で発達させられ、何度も肯定されなければならないとエリクソンは言っています。

 「信頼」は人がこの世に対して抱く信頼感の事で、「基本的信頼感」とも言います。
 赤ちゃんが、「この世に受け入れられているんだ、信頼してもいいんだ」と感じて安心できると、自分の生と自分を取り巻く世界を受け入れて、その信頼感を自分の心の土台にしていくといいます。
 もし、この信頼感が持てなかったら、この世は身の危険を感じる恐怖の世界になるのかもしれません。精神病の人は、一説にはこの人生早期に問題があると言われています。



 M・マーラーの発達段階 

 児童精神科医のマーラーは、乳幼児を直接観察して、子どもが親から次第に離れて成長する発達過程を提示しました。


引用・参考文献:『図説 臨床精神分析学』 前田重治/著 誠信書房


 ここでは、分離・個体化期以降を説明します。


●分化期

母子一体の共生状態から孵化し、母と母でないものを区別していく段階


●練習期

 立って歩けるようになり、外への関心と行動範囲が大きくなる。
 それと共に1人で動く能力が発達して、母親への愛着と絆の形成が深まり、母との「打てば響く」ようなやり取り(情緒応答性)をエネルギーにして外と母との間の行ったり来たりの往復運動を活発にするようになる。


●再接近期

 よちよち歩きが出来るようになった子どもの心の中に、次第に今まで母親に感じていた一体感に疑問を抱くような、母親と自分は違う存在だという意識がはっきりしてくる。                    
 体を思うように自由に動かせる喜びと同時に、まだ自分の事を1人でできる能力が身についていないために、深刻な分離不安が高まる時期。


●情緒的対象恒常性

 生後3年目になると、現実を見る能力や言葉などが発達し、母親以外の大人や子どもと遊びを通して関わる事ができるようになって、母親との分離にも耐えられるようになる。                  
 心の中に、愛情対象としての母親イメージが心の中に持てるようになり、母親がいなくなって自分に欲求不満を与えても、その母親イメージが壊れたり、無くなる事がなくなる。
  心の中に自分を支えてくれる母親像を持てるようになるため、安心して母親離れをして自発的に子ども同士の遊び等に参加していく事ができるようになる。


引用・参考文献:『imago 特集:境界例』 1990年10月号 Vol.1-10 青土社


 この発達過程の中で、ここで特に重要なのが1歳半〜2歳にあたる「再接近期」です。
 この時期の子どもは、外への強い興味と、親から分離する不安が共存する不安定でアンビバレンス(両価的)な状態になるといいます。この時期に親に適切に受けとめられないと、「見捨てられる不安」という激しい不安を心に抱く事になるといいます。

 この再接近期で抱く見捨てられる不安が、境界例(ボーダーライン)の人々が抱いている、根元的な深く激しい心の傷なのではないかと思われています。
 そして後に大人になり、養育者の代わりと無意識的に感じる異性を見つけて(表面的には恋愛)その世話を求め、そして「見捨てられる不安」に怯えて相手を振り回す事になったりすると思われます。

 *更に詳しくM・マーラーの発達段階の概念を知りたい方は、「裕's Object Relational WorldM.S.Mahler 再接近期研究」へ行かれると、より詳しい知識が得られます。



 この二つの理論に共通しているのは、人生早期に母親から肯定的な関わり方をされる事が、その人間の心の土台を作る上でとても重要だという事です。

 もし否定的な関わり方をされた場合、その子が取り組まなければならない発達段階の課題が上手く行かなくなり、それ以後の段階も必然的に上手くいかなくなる可能性が高くなります。

 これらの知見から、虐待行為を受ける事がどんなに子どもの心にとって、後の人生に多大な影響を与える重大な事なのかを理解してもらえるのではないかと思います。




『エリクソンは語る -アイデンティティの心理学- 』 
    R・I・エヴァンズ/著 岡堂哲雄・中園正身/訳  新曜社
ISBN4788501279
ボウルビィとアタッチメント理論』
     J.ホームズ/著 黒田実郎・黒田聖一/訳  岩崎学術出版社
ISBN4-7533-9612-6
『図説 臨床精神分析学』 前田重治/著 誠信書房 ISBN4-414-40144-5
『imago 特集:境界例』1990年10月号 Vol.1-10  青土社 絶版
『アイデンティティの心理学』鑪幹八郎/著 講談社現代新書 講談社 ISBN4-06-149020-6
『シゾイド人間  内なる母子関係をさぐる』 小此木啓吾/著 朝日出版社 ISBN4480081003

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